toshi      ジュビー     アパッチ     アイリス      ナポ    アントニー


プロフィール

瀬戸内海生まれ、遊びはもっぱら海。「シャコ」捕りや伝馬船での釣りに明け暮れた
少年時代。社会人では、いきなりヨット部へ入り2年目に国体参加。

その後、航海計器メーカー(戦艦大和の砲台制御に使われたジャイロコンパスを製作)のサービス部門に転職、週末はウインドサーフィンや外洋ヨットのクルー(アルバイト)として「三浦半島」「伊豆諸島」をセーリング。お金は無いけど、海に引き寄せられていた。


仕事「航海計器保守点検」では、アリューシャン列島、アラスカ方面に2ヶ月の航海に保守主任として随行。その後「カナリヤ諸島」への長期出張、そして28歳になった時、マレーシア赴任。会社の規模が中堅中の底辺、人材に限りがあったのか、いろいろと飛ばされた。

マレーシア(赤道直下)の海に引き込まれた5年間、プーケット、ティオマン、クアラトレンガヌと週末はダイビング&セーリング。今想えば、この頃「何も考えず、悩みも少なかった」ひらすらに打ち込んでいた。

5年後、帰国して気が付いた「体が覚えているのは潜り」のみ、結局「職業ダイバー」として再出発、2年間島(伊豆七島)暮らし。

真冬の太平洋を眺めていると「南の島が天国」に見えた。人生の「グレーゾーン」を切り抜ける為フィリピンを目指すことに決心。

最初の1年はマニラ近郊リゾートでダイビングアシスタント、2年目からダイビング講習を担当。この頃からダイビングツアーも定期的に開催、主にビサヤ(セブ、ネグロス島)とパラワンを往復。 

それから数年後ゲスト数も増えてリゾート運営。

しかし、病気を機にリハビリも兼ねて湖「タール湖」に拠点を移動。此処ではもっぱらヨットを製作(これは昔からの夢だった)。

この間も月に数回ベースで「ダイビング」を継続し「湖と海」を行ったり来たり。
体調が良くなって来ると、海に行く回数も増え「拠点」が必要になって来た。

もう一つの目的は、これまで製作したヨットで島々を巡る為。こうなるとマニラ近郊の「プエルトガレラ」や「ルバング島」の「ホワイトサンド&ラグーン」がどんどんイメージアップし迫って来た。 

昨年夏「SANLUIS」にマリンベースを作るべく再スタート、暮れにやっと「クラブハウス」と「ボートスロープ」が完成、しかしまだまだ先は長い。

今後も「地域社会との連携」を強めながら共に発展し「サマークルーズ」を現在&未来に渡り誰でも安心して遊びに来れる拠点にしたいと願う今日この頃。

得意分野は「ダイビング・ヨット操船」の指導と「ヨット&ボート」の製作。

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